今朝の新聞記事から

箸墓古墳の渡土手が見つかる

今朝の私の目を引いた新聞記事が上の写真です。
記事の内容を紹介すると、箸墓古墳は日本で最初に作られた大規模前方後円墳です。
大きさは280メートルの長さがあり、作られた時期は三世紀中ごろです。日本の歴史で古墳時代というのは箸墓古墳が作られた時をスタート時点としています。したがって、この古墳の形は前方後円墳の中で一番古い形をしています。それでは古墳時代の前の弥生時代のお墓の形はというと円形墳か方墳の形でした。(下図)
そして、弥生時代の終わりに円墳の入る通路が発達して前方後円墳の原型の形(ホタテ型のような)になっていったと考えられている。

古代日本の代表的な古墳の形(インタネットの図を借用)

箸墓古墳の形状(今日の新聞から)

 

前方後円墳は箸墓古墳のころ始まったと考えられているので、どのようにして、この鍵穴の形をした日本独特の墓の形ができたかが長年、研究されている。

箸墓古墳以降の前方後円墳は時代とともに前方部の形が変化していきます。
この歴史などを考えていく上で今回の渡土手の形状や機能がヒントになると思われます。

この記事のように 一般の人間には何が重要なことか分からないような内容であっても  記事に関心のある人間にとってはとても重要な内容であるというようなことがしばしばあるようです。

チョコレートの結晶コントロール

昨日はバレンタインデーです。
毎年、奥さんがチョコレートを買ってきます。
特に代わり映えがなく同じチョコを買ってくることから、かなりこの行事もルーチン化しているようです。

 

テレビの放送の中で、今年よく売れている女性パティシエのチョコは小さな粒が一個二千円もすると言っていました。
このチョコレートパティシェは理系女子で、チョコの製造において、厳密に温度などの数値を管理しているようです。

この話を聞いていて、私が若いころに金属工学が専門の会社の先輩が、チョコの製造による品質は金属工学の理論でコントロールできると言っていたことを思い出しました。
金属工学という学問は主たるテーマが金属を溶かして固める時の結晶コントロール理論なのです。結晶をコントロールすることで、金属の様々な特徴を生み出すことができます。
それと同じで、チョコレートも結晶コントロールでおいしいチョコを作れるはずだと言っていました。

意外と全然違う部門であっても共通の技術でつながっていて面白いという話をテレビのチョコの話で思い出しました。

人生の継続

私の場合、幼い孫を見ていると二つの思いが浮かんでくる。

一つは、この社会に自分が生きて努力してきたことが、孫を通じて継続して、何かの形てこの社会に残っていくことである。

若い時に自分が生きて居る事の理由を考えたことがあった。
結局答えが出ることもなかったが、孫ができた今に思うのは、これで私につながる血縁が続くのだと・・・。それはどう言うことかといえば、私の子供はもう先が見えている大人だが、幼い孫はこれから、いろんな人と社会で交わって、おおきな広がりの可能性がある。これを考えると、この継続こそ、今まで、自分が生きて来て頑張ってきたことが社会に影響を残し、これから先に、社会に出ていく孫に引き継がれて、その先も社会に痕跡を残していく。
これこそ、私が生きてきて、この社会で頑張ってきた理由の一つだと思う。


もう一つ、孫を見ていて思うことは、人間という生き物の始まりと終わりを目の当たりにしていることである。
幼い孫は何もないところから、誕生して時間の経過とともに、少しづつ目に見えて、できる事か増えていくことである。

食べるものも、赤ん坊は月日とともに種類と量が増えていく。
それに対して、高齢者は食事の量も種類も減っていく。
喋る語彙も子供はどんどん増えて、滑らかにしゃべれるようになっていくが高齢者は言葉が出なくなって、しゃべりも滑らかでなくなっていく。
高齢者が年を取って困るのは五感が鈍くなって、大事な視力も眼鏡をかけても見えなくなっていく。
対して子供はどんどん五感が鋭くなっていく。

身近に赤ん坊の孫がいると、自分の肉体の衰えが、孫の成長と交差していく様子が如実に感じられ、人間の営みの連続性を感じます。

そんなことから、人間としての連綿と続く連続性を、高齢者の私と幼い孫の生活の中に感じてしまう日常があります。

 

「親孝行したい時に、親はなし」

私も、親父や兄たちが死んだ年齢になり、おかしな感じだが、記憶の中の彼らは、私と同じくらいの老人で、よく彼らの行動や考え方などと、今生きて居る私も同じことをしていることを思い、改めて、他にもいろいろと彼らの言動を思い出すようになった。

例えば、最近よく目やにがたまることが多く、それを解決する方法で、眼医者から伝授してもらった方法で、まぶたと目の下を両手の中指と薬指の腹で軽く圧迫しながら左右に動かし、目じりから目やにを押し出す動きを、いまでも私は、毎日のルーチンにしている。この方法は理にかなっており、意外と効いて、目やにも少ない。

思えば、父も目ヤニで困って、晩年によくホウ酸で目を洗っていも少なくならず困っていた。そのことを、子供の頃に見ていたが、今なら自分がしているような簡単な方法で目ヤニを減らすことを教えてあげられたのにと思うことがある。
これは一例だが、体質的には親子なので、私と同じ弱みを持っていた父のことを思い出すたび、「今生きて居たら、こんな場合は、解決策を教えてあげれるのに・・・・。」と感じることがよくある。

父が「今はお前も私の言っていることは、分からないだろうが、お前も私の年になれば、きっと思い至るようになる」と言っていた意味と通じる言葉が、「親孝行したい時に親はなし」という言葉だ。
今まさに、親父が亡くなった年齢に近づき、私も父と同じような経験をする毎日を暮らしをしている。

 

コンディション維持と体の整え方

アメリカ大リーグで活躍したイチロー選手、大谷選手、山本選手はいずれも突出した成績を残しています。
なぜ彼らがこれほどまでに活躍できるのか、自分の経験から日本人らしい特性が大きく関係していると感じます。
彼らは日常生活のすべてを野球に捧げ、常にベストコンディションで臨めるよう修行者のように生活を整えているように見えます。共通しているのは、自分にとって最適な体の整え方を良いルーチンで毎日繰り返すこと、そして、少しでも調子が悪い時は、そのルーチンの中で生じたわずかな変化に気づき、原因を突き止められる点です。これによって常に高いレベルのコンディションを維持しているのでしょう。
もちろん彼らは運動神経や身体的特徴にも優れていますが、それに加えて非常に頭が切れることも特徴です。
私自身も年齢とともに体調管理の大切さを痛感し、毎日のルーチンを繰り返すことで不調の原因にすぐ気づけるようになりました。
安易に薬に頼ると、こうした感覚が鈍るため、むしろ良くないと学びました。
常に体を整えることこそ、毎日を楽しく過ごす方法のひとつであり、これは優れた野球選手たちの生活にも通じると感じます。

レコードで知ったジェネレーションギャップ

先日の土曜日、小学生の工作教室でボランティア指導員をしてきました。私はサブの指導員で、メインは中学校の先生をしている50代の方でした。
テーマは「紙コップでスピーカーを作ろう」で、最初の30分ほどは紙コップでなぜスピーカーが作れるのかを物理的に説明してくれました。その中で、音を形にするエジソンの録音方法の話になり、具体例として30年前のレコードを生徒たちに見せました。聞いたことはあっても、実物を知っている生徒は誰もおらず、事務局の20代の職員も同じでした。レコードを見るのが初めてという人たちがいることを実感しました。さらに、そのレコードに録音されている松田聖子山口百恵の名前も全員が知りませんでした。
こうしてジェネレーションギャップを直接体験できるのも、小学生相手のこういう場ならではだと思いました。

安全な美味しさ: 自家製レモンシロップ

我が家の庭に植えてあるレモンの木が、今年は豊作だ。毎年30個ほどの大ぶりな実をつけるのだが、今年はなんと70〜80個も実り、例年の3倍ほどになった。実も大きく立派で、とても良い出来だ。庭木なのでできるだけ殺虫剤は使わず、スーパーで買うレモンよりずっと安全な気がする。今年に入ってから実も熟して真っ黄色になり、食べごろを迎えたので、先日20個ほど収穫し、そのうち15個を使ってレモンシロップ煮を作った。シロップ煮は毎日散歩の後に、シロップと一緒にカップに入れ、炭酸で割って飲んでいる。これがとても美味しい。毎日散歩をするので消費量はかなり多いが、自家製のシロップ煮で一年分は十分まかなえる。作る際に瓶を高温消毒さえすれば一年は持ち、甘味にはラカンカを使っているので糖分の心配もない。
とても良い飲み物だ。

 

写真は今日作ったレモンのシロップ煮の瓶詰め作業途中と完成品だ。